この胸には

穴が空いている。風が通り抜けて音を鳴らす。
ここにあったものは、彼に取られた。今も彼の手の中。捨てもせずまだ持っているらしい。
取り返すのは無理だろう。だが彼の手にあるかぎり私はその呪縛から逃れられない。取り戻す必要はない。その手から取り零させれば、消し去ることができれば、それでいい。私は自由になる。
元々この気質は彼の好み。彼の望んだ形の一つ。そのままでは駄目だ。歪め。変容し私のまま違うものに。
ああそれでも。彼の望みのこの形を、私も気に入っているのだ。このままでと、思っている。これが私だと。
だから穴は消えない。変容もしない。いつまでも中途半端に思い切れもできないまま。
それさえも彼の望みなのだろう。つまりはその手から零れることも叶わぬというわけだ。
嘆かわしいものじゃぁないか?